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例えるならば、概念型カリキュラムは”するめ” その3

  • 執筆者の写真: Shinwa Miyachi
    Shinwa Miyachi
  • 2026年1月1日
  • 読了時間: 3分

 幼稚園の先生方とのセントラルアイデアづくりを経験し、まだまだ味わうこともできない状態で1年が過ぎました。セントラルアイデアに振り回され、悩まされて終わった1年目でした。

1年目に最も手応えを感じたUnitは、市場のUnitでした。

ただしこのUnitでも、何か理解を得るに至ることがなされていたかと言われればいささか疑問です。ATLスキルについて少しかじって授業の中に導入してみた程度で、概念型とは程遠い授業だったと今思い返しています。


1年目。怒涛のPYPXを終え、その修了生たちをそのまま持ち上がりで担任することに。

この時所属していたスクールは、MYPのカリキュラム導入は検討はされていたもののスタッフや生徒の人数から導入が難しかったため、”なんちゃってMYP”を実行することに。

ここで約半年ぶりに、再度壁にぶち当たることに。。。

セントラルアイデアならぬStatement of Inquiry(MYPにおける概念的理解文に近い文章)を1年間分作成することになったのです。

理科の専科として、カリキュラム設計をすることにはなったので、PYPの頃に比べると幾分か内容についての困り感は減りました。一方で、年間のカリキュラム設計をするとなるとこれはものすごい労力のかかることでした。

師匠から言われたのは、「これは1日や2日でできるもんじゃない。数週間休みをもらって、じっくり練るレベルのことや。」とのこと。その言葉に怯えながらも、とりあえず前に進むしかありません。1年間で3つのUnitをとりあえず置くこととし、そのUnitごとにStatement of Inquiryを作成しました。


今見返してみると、なかなかの混乱っぷりがStatement of Inquiryから感じられます。

ですが、この時同時に感じた重要な気づきがあります。


それは、【この単元の設計者は、わたしだ。】ということ。

学習指導要領を書いた、どこかの偉い人でもない。

スクールの組織の中にいる偉い立場にいる人でもない。

先輩の先生に指示されたわけでもない。

これまでの先生から、引き継いだ何かを前例踏襲しているわけでもない。


紛れもなく、わたしがこの単元この授業を設計しているのだということでした。

概念型カリキュラム単元設計の知識も技術も経験も無かったこの頃のわたしですが、

設計者はわたしであるという妙なワクワク感と

このStatement of Inquiryに込めた意図、重要さはこれだ!という謎の自負と。

そういったものをもって授業をスタートさせた記憶が今でも残っています。


そして自分で単元をつくることは、非常に面白かったという感覚が残っています。

この感覚こそが、職人たる教育者として重要な要素のひとつではないでしょうか。

今でもこの感覚が、わたしの単元設計において根幹となって根付いていることを感じます。


するめから少し、味が滲み出してきたようだ。

1件のコメント


後藤 友作
後藤 友作
1月01日

興味深く拝読しました。

何度も練り直して、やり直して、他者からのフィードバックをもらって修正して... そんな愛情と手間暇をたっぷりかけて作り上げていく中で自身の内から微かに湧き出る「ホンモノ感」...。その確かな実感がもしかすると、誇りに繋がっていくのかなと読みながら感じていました。 引き続き記事を楽しみにしています!プランナーもぜひ見せてください。

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