飽きること
- Shinwa Miyachi
- 1月1日
- 読了時間: 2分
クリスマスプレゼントを毎年子どもたちに渡す。
ほしいほしいと数ヶ月前からねだられているものを
サンタさんからのプレゼントとして用意する。
ところが。
最初は「わー!お願いしていたやつだ!」とか言って
抱きしめるのだが・・・。
あれだけほしいほしいと願っていたプレゼントも、
ものの5分か10分かで、いったん飽きる。
これは我が子だけでなく、どこか自分にも
身の覚えのある経験である。
はてさて、
なぜ、”飽きる”んだろう?
一般通念を思い返してみると、往々にして
”飽きる”というのはあまり肯定的に受け止められないようす。
こういう新年に決めた決め事が続かない、三日坊主。
とりあえず買ってはみたものの使用されない、衝動買い。
ほしいと願っていたのに、いざ手に入ると急に冷める、あの気持ち。
一旦この”飽きる”という衝動を思いっきり肯定的に受け取ってみる。
飽きるという衝動は、スキーマに組み込む過程における脳の処理において必要な現象である
と、仮説っぽいことをたててみる。
何ならChatGPTに聞いてみるとこのような図の叩き台まで作ってくれた。

どうやらChatGPTによると、
飽きとスキーマの関係性については
まだ世の中ではあまり語られていないようす。
こうして図式化してみると、
やはりスキーマ形成の過程において”飽き”という現象が起きることがあるというのは
今の所、否定しきれない気がしちゃう。
まだまだ荒々しいけれども、こういった仮説に基づいて実践してみるのも
面白いのかもしれないなと思う。
生徒を”飽き”させない授業。ではなく、
一旦”飽き”させた後の行動がどのように現れてくるのかをよく観察してみたい。
ちなみに、わたしの娘たちは1日後〜3ヶ月後とラグに幅はあるが、
”飽きた”クリスマスプレゼントは時間が経つと
再度遊びに取り入れられることがほとんど。
外界にある謎の情報が、一旦スキーマに組み込まれたのちに
スキーマ化された情報として行動変容に繋がっているのだとしたら
これは興味深い事実だな。



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